2001年コンフェデ準決勝・豪州戦|雨の横浜に響いたヒデの咆哮と、スクデットへの旅立ち

目次

2001.6.7 コンフェデ杯準決勝 日本代表対オーストラリア代表

2001年6月7日。コンフェデレーションズカップ準決勝、ついにやってきました。 キックオフは17時と少し早め。16時頃に新横浜駅へ降り立つと、W杯の予行練習ということもあり、厳重な入場規制と多くの係員が配置され、いつものスタジアムとは違うピリついた「国際試合」の空気感が漂っていました。

残念ながら観客数は5万弱。1万8千枚もの空席があったそうですが、試合開始とともに、そんな数字を忘れさせるほどの猛烈な雷雨が横浜を襲いました。

■雨の魔術師、中田英寿の決勝弾

ピッチは瞬く間にびしゃびしゃになり、激しい雨音が歓声に混じって聞こえてくる……。そんな嫌な予感を切り裂いたのは、やはり中田英寿でした。

前半43分、ゴール前21メートルのFK。カナダ戦では小野に譲りましたが、この日は自ら右足を一閃!水を含んで重くなったボールは、壁のわずかな隙間を抜け、豪快にネットを揺らしました。 ずぶ濡れになりながらキャプテンマークを巻き、ガッツポーズを作るヒデ。雨のセリエAデビュー戦やフランス戦を思い出し、「雨の中のヒデは、やっぱり特別だ」と確信した瞬間でした。

■10人での死闘、そして川口の金字塔

後半11分、エース鈴木隆行の一発退場。さらに守備の要・森岡のリタイアという絶体絶命の状況でしたが、ここから日本代表は驚異的な粘りを見せます。

1人少ない中、17本ものシュートを浴びながらもゴールを死守した川口能活。この完封で国際Aマッチ通算19試合目の無失点を記録し、伝説の守護神・松永成立さんを抜いて単独トップに立ちました。土砂降りで視界も最悪の中、10人で守り抜いたDF陣の奮闘には、ゴール裏からも惜しみない拍手が送られました。

■トルシエの涙と、ヒデの旅立ち

試合終了のホイッスルとともに、トルシエ監督はびしょ濡れのスーツで通訳のダバディー氏に飛びつきました。批判を乗り越え、ついに日本をA代表初の「世界大会の決勝」へ導いたのです。

しかし、その歓喜の裏で、ヒデはスクデット(セリエA優勝)を勝ち取るため、翌日イタリアへと旅立つことが決まっていました。 「決勝でヒデが見られない」という寂しさと、「日本人初のスクデットを演出してほしい」という願い。サポーターとして複雑なジレンマを抱えながらも、僕らはヒデを笑顔で見送るしかありませんでした。トルシエも本音はヒデを使いたいだろうなぁ…。

さあ、次は横浜での決勝戦。相手は3月に大敗した王者フランスです。 日本のFIFA公式戦初優勝と、イタリアでのヒデの戴冠。もしこの二つが同時に叶ったら、日本サッカーの歴史が塗り替わる。そんな万が一の可能性を信じて、10日、再び横浜で声を枯らしてきます!(やす)


目次