おじさんのアップデートですら完了した。先人たちの「熱狂」を背負い、まだ見ぬベスト8の先へ。

管理人のやすです。 実に15年ぶりくらいに、このサイトに記事を投稿します。

当サイトはコンセプトに記載のとおり、日本が1998年フランスW杯に初出場する際、大学生だった私が「スタジアムに行こうっ!サッカー生観戦絶対推奨サイト」というタイトルで立ち上げたものです。

時は流れ、スタジアムに行くこともめっきりなくなり、最近のJリーグには疎くなってしまいました。けれど今、妻が息子の力とAIの助けを借りて、レトロなHTMLのサイトをどんどん復刻していく様を微笑ましく見守るうちに、私の中にも再び火が灯りました。

復刻の過程で思い出すあの頃の熱狂。あれから30年近くもの時が流れました。私も、すっかり「おじさん」になってしまった。

■「W杯出場が当たり前」な世代へ

技術面でアドバイスをくれる息子は、ワールドカップに出場できない日本を知りません。職場の平成生まれの後輩たちも、「物心ついた頃から4年に一度のW杯は、日本がどこまで進めるかの世界線だった」と言います。

私が小学生の時、Jリーグは存在しませんでした。 『キャプテン翼』は大人気だったけれど、アニメのオープニングで回っていたW杯のトロフィーが何なのか、よく分かっていなかった時代です。 夏のプールで友達と「スカイラブハリケーン」をやり、誰かが打つ「ドライブシュート」はただ重力に素直なだけで、「タイガーショット」はあくびが出るほど遅かった。サッカーという競技だってオリンピックこそが一番権威ある大会だと信じていた、そんな時代です。

■「生意気と叩かれた先行者」ヒデが切り拓いた道

私は、レジェンド・中田英寿さんと同年代です。 ヒデが金髪でフランスW杯を戦い、ピッチで大先輩の井原選手を呼び捨てにして指示を出す姿を見て、「生意気だ」と否定的なことを言うおじさんは多かったです。

セリエAの優勝決定戦とコンフェデレーションズカップのどちらに出るかで、国中が賛否両論に揺れたこともありました。「日本人選手が海外のビッグクラブで主戦力になる」当時の日本人には分からないことだったのです。

先行者はいつだって叩かれる。けれど、先人たちが「当たり前」の壁を一つずつ壊してくれたからこそ、今の私たちは世界で通用する日本代表を誇らしく見つめることができています。

■おじさんのアップデートは完了した

相変わらずのサッカー素人ですが、継続は力です。 ずっと見続けているからこそ、分かることがあります。 今の代表選手たちも、日本がW杯に出られない絶望を知りません。彼らは欧州のビッグクラブで主力になるのが当然だと思ってプレーしている。

前回大会、彼らはスペインやドイツといった優勝経験国を打ち破りました。 過去最高の結果を期待しないわけがありません。彼らは「新しい未来」を信じて疑っていないし、ずっと見てきた私も、それを疑っていません。できるわけがない、そんな否定的なことばかり言うおじさんもメッキリ減りました。

かつて、ヒデを「生意気だ」と批判していた大人たちの年齢に、私もなりました。 おじさんのアップデートも完了しています。できないなんて思わない。だって、先人たちがそれを打ち破る過程を見てきたのだから。

■歴史が作った「信じて疑わないメンタル」

ベスト8を超える成績、過去最高の興奮が、すぐ近くまで迫っています。 この「信じて疑わないメンタル」を作っているのは、先人たちが積み上げた歴史そのものです。打ちのめされてきた悔しい歴史を一つずつ登り、一つずつ塗り替えてきた。

6月、日本人がまだ見たことのない景色が待っています。 そんな眠れない夜を前に、少しだけ思い出してみませんか? あの頃のエモいスタジアムの風を、先人たちの熱狂の記録を。

(やす)


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