1999.07.04 国立競技場
シドニーオリンピック1次予選日本ラウンド観戦レポート
1999年(平成11年)7月4日。シドニー五輪への道、アジア1次予選の最終戦。 当初は見送るつもりだった1次予選ですが、結局すべての試合に足を運んでしまいました。それだけ、このチームには目が離せない魅力があったのです。
対戦相手は、アウェイの香港ラウンドで13-0と圧勝したフィリピン代表。ホーム・国立競技場には32,957人のサポーターが集まり、「今日は何点入るのか」という期待感に包まれていました。
本山雅志の輝きと、怒涛のゴールラッシュ
試合を動かしたのは、ユース選手権でその名を世界に轟かせた本山雅志選手でした。 前半5分、左サイドで相手DF2人を引きつけると、倒れ込みながらも平瀬智行選手へ絶妙なラストパス。これをきっかけに、日本の猛攻が始まりました。
国立が凍りついた前半31分。エース小野伸二を襲った悲劇
11-0というスコアだけを見れば「圧勝」ですが、この日、私たちはあまりにも大きな代償を払うことになりました。
前半31分、6-0とリードしていた場面。ペナルティーエリア左外でボールをキープした小野伸二選手に対し、フィリピンの選手(パデルナル)が後方から激しいタックルを見舞いました。軸足の左足を直撃され、内側に折れるように転倒した小野選手。 そのまま動けず、担架で運ばれていく姿に、さっきまで歓声に沸いていた国立競技場が一瞬にして静まり返りました。
診断結果は、左膝内側側副靭帯損傷で全治3ヶ月。 1次予選8試合で7得点9アシスト。単なる司令塔ではなく、チームの精神的支柱でもあったエースの離脱は、10月の最終予選を控えたチームにとって絶望的なニュースでした。
戸田和幸の25mミドルと、記憶に残る名GK
そんな重苦しい空気の中、後半34分に強烈な光を放ったのが戸田和幸選手のゴールでした。 明神智和選手からのバックパスを右足一閃。一直線に伸び、大きくカーブしながらゴール左隅を射抜いた25メートルのミドルシュートは、この日最も印象的な一撃でした。
また、大敗しながらも懸命にゴールを守り続け、なぜか日本サポーターの間で大人気だったフィリピンのGKパランパン選手の交代劇も、当時の国立にいた人なら覚えている名シーンではないでしょうか。
「歴史を見に行こう!伸二、カムバック!」(やす&タカ)
やす: あのタックルはひどすぎる!日本の宝になんてことを……。小野不在の影響は大きく、彼が退いた後は10分以上も攻撃の形が作れませんでした。最終予選は中田英寿の参戦に期待するしかありません。チケット取りは大変だろうけど、いつもの仲間たちと歴史の目撃者になりに行こう!
タカ: うっかり冗談じゃないよ〜〜!!小野くんに何てことを!あの選手、レッドカードでも生ぬるい、うっかりレッドだよっっ!!小野くん、焦らずにゆっくり治してくれ。伸二、カムバック〜〜!

