2001.7.4 大分ビックアイ
キリンカップサッカー2001 日本代表対ユーゴスラビア代表
2001年キリン杯の第2戦。舞台は九州・大分の最新鋭スタジアム「ビッグアイ」です。芝のコンディションが心配されていましたが、テレビ画面越しに見る天然芝は青々と美しく、絶好の舞台に見えました。……現地に行きたかった!
この日の主役は、日本代表。そしてもう一人、ユーゴスラビア代表の10番、ドラガン・ストイコビッチです。
■稲本潤一、アーセナル移籍へ弾みをつける代表初ゴール
パラグアイ戦に続き、この日も若い力が躍動しました。前半21分、小野伸二のパスを受けた稲本潤一が中央を強引に突破。柳沢とのワンツーから右足を一閃! 稲本らしい、地を這うような強烈なボレーがゴールネットを揺らしました。
国際Aマッチ22試合目にして待望の初ゴール。ユースや五輪での活躍が目覚ましかっただけに意外ですが、これがA代表での初得点でした。アーセナルへの移籍を前に、自らの価値を証明する素晴らしい決勝弾となりました。
■欧州へ羽ばたく黄金世代
決勝点を決めた稲本がイングランドへ渡れば、我らが小野伸二もオランダ・フェイエノールトへの移籍が秒読み段階。背番号「10」を用意して待っているという噂もあり、期待に胸が膨らみます。 若い才能が海外の厳しい環境でもまれることは、2002年に向けて日本代表の大きなプラスになるはず。さらに進化した姿を見せてほしいものです。
■さらばピクシー。日本を愛した「妖精」の終着駅
そして、この試合を語る上で欠かせないのが**ストイコビッチ(ピクシー)**の代表引退です。 日本サッカーの発展に多大なる貢献をしてくれた彼が、代表最後の地に選んだのは、2002年W杯の開催地でもある大分でした。
3万8千人の観衆からは、日本への声援だけでなく、何度も「ピクシーコール」が沸き起こりました。試合後、ゴン中山と抱き合う姿には胸が熱くなりました。家族が日本を気に入り、平和なこの国を愛してくれたからこそ、彼は長く日本でプレーし続けてくれた。
一流の選手が「日本は平和で素晴らしい」と感じてくれることは、日本人として誇りに思います。その平和なイメージを壊さないよう、僕らサポーターもリスペクトの心を忘れてはいけませんね。大分を包んだ温かいピクシーコール。彼は満足して代表のユニフォームを脱げたでしょうか。(やす)


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